人はなぜ、満たされると輝くのか / 10月の流れについて
前回のブログで、10年近くぶりに会いに来てくれた方のことを書きました。
その方から、ブログを読んだ感想をいただきました。一部をご紹介します。
「あの日を境に自分が変わったと思います。心の重しが取れて、何に対しても前向きになり、怒りや焦りを感じることも少なくなりました。体力的にも元気になりました。自分が本当に望んでいることを十分に味わう体験は、その後の生活を変えてしまうくらいの大きな意味があることなのだと感じました。」
このメールを読んで、私はとても嬉しかったです。
自分が長く続けてきた仕事が、その場の「楽しかった」「気持ちよかった」という満足だけではなく、その後の日常や、その人自身のあり方にまで何かしらの変化をもたらしていた。
それを本人の言葉で伝えてもらえたことが、何より嬉しかった。
そして同時に、改めて考えました。
人はなぜ、満たされるとこんなにも変わるのだろう。
私はこれまで、セッションを終えた方が、来たときとはまるで違う表情で帰っていく姿を何度も見てきました。
力が抜けて、表情が柔らかくなり、目がキラキラと輝いている。
もちろん、やりたかったことができた満足感はあるでしょう。
でも、それだけでは説明できないほど、その人全体が元気になったように見えることがあります。
最近、身体心理について学ぶ中で、このことを考えるヒントになる「チャージ」という考え方を知りました。
「チャージ」とは何か
私たちが何かを欲したり、強い感情を感じたりするとき、それは頭の中だけで起きているわけではありません。
嬉しいときには胸が弾む。怒れば身体に力が入る。怖ければ心拍が速くなる。性的な欲求を感じれば、身体も興奮する。
感情や欲求に伴って、呼吸や心拍、筋肉の緊張など、身体にもさまざまな変化が起こります。
身体心理療法には、こうした**感情や欲求に伴って身体に起こる「高まり」**を「チャージ」として捉える考え方があります。
私自身はこの言葉を、何かをしたい、表現したいというときに身体の中に生まれる、”動き出そうとする力のようなもの”として理解しています。
欲求や感情が生まれる。
身体が反応し、チャージが高まる。
それを十分に体験したり表現したりする。
そして放出されると、身体の緊張がほどけ、休息へ向かう。
つまり、
欲求・感情が生まれる→身体が反応する〈チャージ〉→十分に体験・表現する→放出する→緊張がほどける→充足する
という流れです。

精神分析家ヴィルヘルム・ライヒは、感情や衝動を抑えることと、身体の慢性的な筋緊張との関係に注目しました。
表現したい衝動がある一方で、「してはいけない」と自分を止める。
それが繰り返されると、抑えること自体が身体の習慣になっていく。
ライヒはそうした慢性的な身体の防御を「筋肉の鎧」と呼びました。
ここで私が面白いと思ったのは、欲求があること自体が問題なのではなく、生まれた欲求や興奮をずっと抑え続けることによって、身体もまた「止め続ける」ことになるという見方です。
「したい。でも、してはいけない」
この話を聞いたとき、私は長年セッションで見てきたクライアントたちのことを思い出しました。
私のところに来る方の中には、自分の性的な望みを何年も、時には何十年も人に言えずにいた方がいます。
「こんなことが好きだなんて言えない」
「変な人だと思われるかもしれない」
「普通じゃないんじゃないか」
欲求は確かにある。
身体も反応する。
でも、そのたびに自分にブレーキをかける。
もちろん、私たちは社会の中で生きているので、すべての欲求をそのまま実行できるわけではありません。他者との境界や同意、安全は大前提です。
けれど、自分の中にある欲求そのものまで「ないこと」にし続ける必要はない。
安全な場所で、自分の望みを否定されることなく、十分に味わう。
そして、十分に体験したあと、ふっと力が抜ける。
表情が柔らかくなって、目が輝いている。
私は長い間、その姿を「満足してくれたんだな」と捉えていました。
でも今は、もう少し違う見方もしています。
ずっと抑えていたものを、安全な場所で最後まで体験できたことで、高まっていたものが放出され、ようやく身体ごと緩むことができたのではないか。
だから「満たされた」という感覚は、その瞬間の快楽だけでは終わらず、その後の日常にまで影響することがあるのかもしれません。
私自身も「締める」ことをやめてみた
このことは、最近の自分自身の身体で起きている変化とも重なります。
私はこのところ、自分の身体を必要以上に締めたり、「こうしなければ」とコントロールしたりすることを少しずつ手放しています。
例えば、身体のメンテナンスのために定期的に利用している美容整体。
これまでは、ウエストを引き締めてメリハリをつけたり、肋骨まわりを締めたりと、「身体をコンパクトに整える」ような施術を好んで受けていました。
見た目にも変化が出るし、私自身、それを望んでいました。
でも最近、身体について学び、自分の呼吸や感覚を観察するようになって、少し考えが変わりました。
身体を外側から締めて形をつくることよりも、まず十分に呼吸できること。
必要なところが動き、緩むべきところが緩まること。
そこで美容整体でも、以前のように身体を締めることを目的にせず、必要最低限の調整だけをお願いするようになりました。
すると意外な変化がありました。
身体を緩めたら、だらしなくなるのではなく、むしろ身体が動かしやすくなった。
呼吸も深くなり、姿勢も以前より自然に伸びる。
そして「運動しなきゃ」と自分を追い立てていた頃よりも、自然に身体を動かしたくなることが増えました。
力を抜いたら、動けなくなるのではなく、むしろ動きたくなった。
これは私にとって、とても面白い発見でした。
満たされるとは、循環が完了すること
今回の学びを通して、「満たされる」という言葉の意味が少し変わりました。
満たすことは、欲望を際限なく膨らませることではない。
何かを足し続けることでもない。
むしろ、
生まれた欲求を感じ、身体の反応を止めず、安全な形で十分に体験し、そして最後には緩む。
そこまで行くことで、ひとつの循環が完了する。
そう考えると、「満足」という言葉も面白い。
もう十分。
これ以上はいらない。
だから、手放せる。
そして休むことができる。
十分に休んだら、また自然に次の「したい」が生まれてくる。
人は、満たされることで何かを新しく手に入れるから輝くのではなく、
自分を抑えるために使っていた力がほどけ、その力をまた生きることに使えるようになる。
だから、あんなにも表情が変わるのかもしれません。
「ああ、満足した」
そう言って、ふっと力を抜く。
満たされることは、そこで終わることではなく、
次の何かが自然に始まるために、一度きちんと終わること。
今の私は、そんなふうに考えています。
今回は少し長くなりましたが、最近、自分自身が感じていることや、セッションを通して改めて考えたことを言葉にしてみました。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
現在、東京での対面セッションについては、10月中の期間を目安にご相談をお受けしています。
私のセッションでは、フェチや欲望をただ満たすだけではなく、対話と身体感覚の両方を大切にしながら、その人が大切にしてきたものを一緒に扱っていきます。
初めての方や、しばらく間が空いている方は、下記の連絡先から、10月希望の旨を添えてご連絡ください。
内容を拝見したうえで、詳細は個別にお伝えしています。
これまでにセッションを受けたことのある方は、これまで通りの方法でご連絡いただいて構いません。
[連絡先はこちら]

解放される、その少し前。ぎゅっと身体に力が満ちていくまさに“チャージ”の瞬間!




コメント